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巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ11作品を紹介

①受胎告知

この作品はレオナルド初期の作品で、師匠ヴェロッキオの工房から独立した頃の作と推定されています。
テーマである受胎告知は、神によって遣わされた大天使ガブリエルがマリアの元を訪れ神の子を身ごもることを告げる場面。キリスト教では重大な教義のひとつとして多くの絵画で表現されてきました。
レオナルド作品の特徴として、まず自然界に存在しないものは何ひとつ登場していないということ。神も精霊の鳩も、神秘的な光線もなく、象徴的な花々が咲く早春の野原の描写は植物観察の鋭いレオナルドの独壇場です。また右側の聖母マリアは腹部に黄金の布を巻き、同じ表現が「岩窟の聖母」にも見られることから、これはマリアの純潔を意味するレオナルド固有の記号とされています。加えて天使の栗色の巻毛の繊細な描写、「モナ・リザ」の背景にも似通った遠景のぼかし方など、画家20歳頃の才能あふれる傑作です。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」1472-73年頃/98×217㎝/ウフィツィ美術館、イタリア

②キリストの洗礼

ヴェロッキオ工房で修行中の20歳頃のレオナルドと、その師匠ヴェロッキオが描いた作品です。
ヴェロッキオがフィレンツェのサン・サルヴィ修道院のために依頼された祭壇画です。キリスト、聖ヨハネ、おおよその背景は師の手になりますが、左端の天使と遠景は弟子レオナルドが加筆したとされています。キリストを祝福する天の声、聖霊の鳩という神秘的奇跡に我を忘れている天使の表情や、繊細にきらめく巻毛の表現、頭を少しねじった複雑な姿態、衣服の柔らかい陰影などは、ヴェロッキオのみならず15世紀のどの画家も描けなかったものです。
 
ヴェロッキオとレオナルド・ダ・ヴィンチ「キリストの洗礼」1472-73年頃/177×151㎝/ウフィツィ美術館、イタリア

③東方三博士の礼拝

レオナルドが、ヴェロッキオの工房から独立して制作した最初の大作です。彼は、しばしば作品を未完のままに残す習慣がありましたが、本作もそれに当てはまります。

この下書きには、おおよその構想がすべて描きこまれており、最も特徴的なのはその構図です。通常、聖母子は画面の脇に描かれ、礼拝する三博士が前面に行列のように併置されますが、レオナルドは、聖母子を画面の中心に、3人の博士をピラミッド型に下左右に配置しています。背景の幾何学的な建物はキリストの出現によって築かれる新しい世界を、廃虚と人馬は崩壊する旧世界、ユダヤ世界または律法なき異教の世界を意味します。右端には、若い騎士のような男性が立っていますが、この美しい若者はレオナルドの自画像とされています。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ「東方三博士の礼拝」1481-82年/243×246㎝/ウフィツィ美術館、イタリア

④岩窟の聖母

1483年、ミラノに居を定めたレオナルドは、サン・フランチェスコ・グランデ聖堂付属の礼拝堂に飾る祭壇画を無原罪の受胎同心会から依頼され、この作品を描きました。
当初の契約では、聖母子と天使、二人の預言者(イザヤとダヴィデ)が描かれる予定でしたが、完成作では預言者の代わりに聖ヨハネが描かれ、主題は幼児虐殺を逃れた聖家族が天使に守護された洗礼者ヨハネに出会ったという聖書外伝に基づく場面だと推定されています。
岩窟の閉ざされた空間は聖母の処女性を象徴しており、また初期作「受胎告知」同様、聖母の腹部には黄金の布が巻かれ、天使がそれを指さすことで、聖母の体内の純潔が強調されています。これらは依頼主である同心会が主張する無原罪受胎の思想を反映しているといえます。
スフマートや空気遠近法による描写、植物の緻密な表現、聖母を頂点とする三角形構図など、レオナルドの探求の集大成ともいえる作品です。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」1483-86年頃/199×122㎝/ルーヴル美術館、フランス

⑤白貂を抱く貴婦人

レオナルドが女性をモデルに描いた4点の肖像画の2作目で、ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ)侯に仕えていた時期の作品です。
モデルは、1489年にルドヴィーコの愛妾となったチェチリア・ガッレラーニ(当時15歳くらい)です。宮廷詩人ベルナルド・ベリンチョーニは、1490年頃のソネット(十四行詩)で、レオナルドが描いたひとりの女性の美しさを「いまやチェチリアはかくも麗しく、/その瞳に比すれば、/太陽すらも霞んでしまうほど」と称賛しています。チェチリアが腕に抱く白貂(冬毛のオコジョ)はギリシャ語で「ガレ―」といい、彼女の苗字の語呂合わせであると同時に、ルネサンスの動物譚で貂は「純潔と節制」のシンボルでもありました。
レオナルドの画風の変遷からしても、1489年から90年のあいだに制作された作品とされています。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」1489-90年頃/54.8×40.3㎝/チャルトリスキ美術館(クラクフ国立美術館分館)、ポーランド

⑥最後の晩餐<修復前>(上)、<修復後>(下)

1495年頃、40代前半のレオナルドは、ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ(通称イル・モーロ)候から「最後の晩餐」の制作を依頼され、修道院の食堂の壁に描きました。
「この中に私を裏切る者がいるであろう」と言うイエスの言葉に驚く12人の弟子たちの動作をとらえており、遠近法の消失点、つまり天地の交わる点にイエスの頭があり、世界の中心に彼がいることを象徴しています。
本作はテンペラ技法(顔料に亜麻油や卵を混ぜたもの)で描かれていることなどから、レオナルドが生きていた頃より破損が始まっていました。およそ20年におよぶ科学的な修復作業が終了したのは、1999年。塵や汚れ、書き加えの筆が取り除かれた結果、レオナルドが描いたオリジナルの傑作に出会うことができたのです。大塚国際美術館では、修復前後を陶板で原寸大に再現し、比較鑑賞ができます。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」1495-98年/420×910㎝/サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院 食堂、イタリア

⑦聖アンナと聖母子

1499年、レオナルドはミラノを去り18年ぶりにフィレンツェに帰郷しました。この作品は、そのときに描かれた「聖アンナと聖母子」の下絵です。レオナルドは、光の効果である陰影、反射、ハイライトを示す黒白の濃淡だけですべてが完璧に把握できるということを本作で示しました。この下絵自体、レオナルドが完成した新しい技法と視覚を完璧なかたちで示したとされ、油彩にはなりませんでした。キリストを眺める聖母は、慈愛にあふれたまなざし、ほほえみの表情で描かれています。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」1498年/141.5×104.6㎝/ナショナル・ギャラリー、イギリス

⑧モナ・リザ

レオナルドが最後まで手元に置き、手を加えていたとされる作品。女性像のモデルについては、フィレンツェの織物商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザであるという説が有力ですが、実在の人物の肖像ではないという説も唱えられています。レオナルドは、自然界に輪郭線はないと考え、輪郭線をはっきり描かずに周囲をぼかし、背景に溶け込ませるスフマート技法を用いて本作を描きました。背景の広大な景色には大地と川の生命を描いており、空気遠近法を用いて実在しない風景を表現しています。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」1503-06年/77×53㎝/ルーヴル美術館、フランス

⑨岩窟の聖母

レオナルドが1483年~86年頃に制作した「岩窟の聖母」とほぼ同寸、同構図の作品。先に描いた作品は依頼主である同心会が受取を拒否したため、レオナルドの作品に従い、アンブロ―ジョ・ディ・プレディスがこの作品を描いたとされています。
第一作目と違いこの作品では、天使が聖母の腹部を指す身振りがなくなっており、これは伝統的な同心会が聖母の腹部を指し示すという直接的な身振りを忌避したためだと想定されます。また頭上の光輪や十字架、翼が追加されたことで、聖母マリア、イエス・キリスト、洗礼者ヨハネ、天使の区別がしやすくなり、陰影に富む二作目は聖母もイエスも少し大人びて感じられます。
大塚国際美術館では、2枚の「岩窟の聖母」を並べて展示しており、その違いを比較鑑賞することができます。
 
アンブロ―ジョ・ディ・プレディスとレオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」1508年頃?/189.5×120㎝/ナショナル・ギャラリー、イギリス

⑩聖アンナと聖母子

レオナルドは晩年をフランス王フランソワ1世の保護の元にアンボワーズのクルーにある城館で過ごしましたが、そのときこの作品を所持していたことが記録に残っています。しかしこの作品がいつ描かれたのかははっきりと分かっておらず、彼が最後まで所持していたことから、特定の聖堂のための委嘱作品ではなく、自分自身の思想を表現したものであると推測されます。聖アンナは大地母神のように偉大で、聖母やキリストを包み込んでいます。幼いころに母親と生き別れて生涯母性にあこがれたレオナルドにとって、この大いなる母=大地のイメージは非常に重要な意味を持っていたと考えられます。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」1512年頃/168.5×130㎝/ルーヴル美術館、フランス

⑪洗礼者聖ヨハネ

レオナルドがこの世を去ったのは1519年、67歳の時でした。本作は、レオナルドが先駆者の姿を描いた最後の油彩画となります。
洗礼者ヨハネは、キリストより以前に現れてキリストの到来を予言しましたが、人々はこれを信じず、処刑されました。画面は非常に暗く、わずかに顔と肩と腕だけが光に照らされています。本当の明るさはキリストであって、ヨハネは暗黒の中できたるべき光のために預言をしています。ヨハネが天をさしているのは、天には真実があるという意味です。迷妄の闇の中でただひとり真理の光について証しする者。時代にはるか先んじた先駆者レオナルドの精神的自画像です。
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ「洗礼者聖ヨハネ」1513-16年/69×57㎝/ルーヴル美術館、フランス
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