過去のおすすめ

 

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【今月の1枚】ジェラール、フランソワ《アモルとプシュケ》
 恋愛で想い人との間を取り持ってくれた人をよく「恋のキューピッド」といいますが、実はキューピッドはローマ神話の愛の神様のことで、別名は「アモル」と呼ばれます。他の人の恋愛の脇役として登場することの多いアモルですが、実はアモル自身の恋のお話があることをご存知ですか。

この作品のテーマは神話で語られた、初々しい恋人たちの愛。神であるアモルが彼女に愛おしそうにそっと口付けしている様子が描かれています。では、そのアモルの恋とはどんなお話なのでしょうか。

アモルの恋のお相手はある国の王女プシュケ。人間の女性でした。そのあまりの美貌に、愛と美の女神ヴィーナスは彼女に嫉妬し、プシュケが不幸な恋に落ちるようアモルに命令をしました。
しかしあろうことかアモル自身がプシュケに恋をしてしまうのです。プシュケを宮殿に連れてきたアモルは、一切自分の正体を見せず、夜だけ彼女の元に戻ってきました。プシュケはとても幸せに暮らしていましたが、ある夜好奇心からアモルの寝顔を見てしまい、これに気づいたアモルはプシュケの元を去ってしまいました。
アモルにもう一度会いたいプシュケは、ヴィーナスから出されるいくつもの無理難題を乗り越えました。しかし最後の課題は乗り越えることができず、プシュケは深い眠りに落ちてしまうのです。
アモルもまたプシュケを忘れられずにいました。そして探しているうちについに眠るプシュケを見つけたアモルは、天空の支配者ゼウスにプシュケとの恋に許しを願い、その後めでたく結ばれました。

他の人の恋愛を取り持つことができるにもかかわらず、自らの恋愛には不器用なアモル。自分の恋に心を煩わせるなんて、なんだか神様に親近感が沸いてきませんか?
 
(文責:内藤 寿美子 2015年2月)
 
【今月の1枚】ブラウン、フォード・マドックス《メエメエ子羊》
今年の干支であるヒツジが描かれた、作品タイトルもとってもかわいい1枚をご紹介します。

イギリスの画家ブラウン、フォード・マドックスが描いた「メエメエ子羊」。この作品は、ブラウンが当時住んでいたロンドン郊外で、妻と幼い娘をモデルに描いたものです。
彼女たちのまわりには、駆けまわったり、寝そべったり、愛らしい子羊たちが一緒に描かれています。画面中央の女性は手にエサでも持っているのでしょうか。手前のヒツジがこちらにおしりをむけて、女性の差し出した手に近づき、じっと見つめているようです。
この作品に描かれている羊たちは毎日近くの農場から連れてきていたそうですが、庭の花を食べつくすなどいたって行儀が悪かったと、ブラウンは回想しています。
また子羊は12匹描かれており、一説によると、この数は使徒(イエス・キリストの12人弟子)、妻と幼い娘は聖母子(マリアとイエス・キリスト)を表しているといわれています。
 
ブラウンはラファエル前派(※)の一員ではありませんでしたが、ラファエル前派を代表する画家ロセッテイと、とても仲が良かったと言われています。この作品も「目に見えるすべてを忠実に写し取る」というラファエル前派の基本的な姿勢がみられますが、単なる細部描写にとどまらず、新鮮な光と光が色彩に及ぼす効果がうまく描かれています。

イギリスののどかな田園風景もさることながら、人物の陰にまで感じられる自然の明るい光。見ていると、あたたかな気持ちになる一枚です。

※ラファエル前派とは・・・19世紀中頃イギリスで若い画家たちの間でできた小さなグループ。当時アカデミーが模範としていたルネサンス期の巨匠ラファエッロの画法や形式に反発し、ラファエッロ以前の素朴な絵画に活路を見いだそうとした。
 
(文責:山側 千紘 2015年1月)
 
【今月の1枚】ドガ、エドガー《舞台の踊り子(エトワール)》
フランスの印象派の画家ドガは、他の印象派の画家と少し異なっている。多くの印象派の画家は光のゆらめきや風景の一瞬を捉えて描いているのに対し、ドガは屋内で人間の動きの一瞬を捉えた作品が多い。それは目の病を患っていたことや、保守的なフランスの画壇(画家の社会)に対する反発だったのではないかと言われている。

ドガの父は銀行家で裕福な家庭だったため、ドガは何度もバレエの殿堂パリ・オペラ座に足を運びバレリーナたちを描いた。そのためドガは「踊り子の画家」とも呼ばれるようになった。

《舞台の踊り子(エトワール)》は踊り子シリーズの代表作で、華やかに踊っている姿が描かれており、優雅な雰囲気が感じられる。しかし、この作品は時代背景を知ることによって、絵の見方が変わる。当時のオペラ座は上流階級の社交場でもあり、桟敷席は予約制でそこを定期予約していることが、彼らにとって一つのステータスだった。その桟敷席はいわゆる個室スペースとして利用され、ここでは飲食を自由に行える上、カーテンを閉じれば自分のしたいことを自由にできた。そのような上流階級の目を引くため踊り子達は、少しでもいい暮らしをしたい、わずかでも這い上がりたいという一心で自らをアピールしているのだ。

踊り子の首に巻かれているリボンの黒色、後ろに立っている男性のスーツの黒色部分との一致から、踊り子はお金で縛られているのではないかという説もある。果たしてあなたの目には、どのように映るだろうか。
 
(文責:川﨑 泰寛 2014年12月)
 
【今月の1枚】ホドラー《選ばれし者》
花咲く緑の大地の中、小さな木の前に座り込む1人の少年がいる。彼が作ったのだろう盛り土に植わる木は、若木にも枯れ木のようにも見える。その周囲には、画家が"優しさ"をイメージする"青色"の衣装の女性たちが宙に浮かぶ。背に翼がある彼女たちはどうやら天使のようだ。彼女達の内幾人かは、少年への贈り物のように、生命を象徴する花を手にしている。
 
この夢見るような神秘的な光景を描いたのは、スイスの国民画家ホドラーだ。1853年、ベルンの貧しい家庭に生まれたホドラーは幼い頃に両親を亡くし、その後も相次いで兄弟を失った。世紀末的な重さや「死」を連想させる作品を描いてきたホドラーだが、人の心の奥底に潜む神秘をみつめ、新たな表現に目覚めてゆく。そしてバランスと調和がとれたリズム感がカンヴァスに生み出された。この作品は「死」とは真逆の「生」の希望に満ちている。
 
ホドラーは40歳のころに、当時6歳の息子ヘクトールからインスピレーションを得て本作を描き、画家としての評判を不動のものにした。
中央の少年は画家の愛する息子だ。少年は天を祈るような姿で仰ぎ見る。すると天使たちが優しく彼を見つめ返す。"選ばれし者"として祈る少年と小さな木は、天使たちの恵みによってすくすくと成長していくだろう。
画家の故郷、スイス・アルプスの美しい自然を舞台に、生への祈りを描いた1枚だ。
 
(文責:荒田 千鶴 2014年11月)
 
【今月の1枚】ゴッホ《ヒマワリ》
鑑賞することが出来ないと諦めていた作品が、現実のものとなった。それは、今月ご紹介させて頂く、ゴッホの幻の《ヒマワリ》・・・。
 
ゴッホは、晩年、知人の勧めもあって、フランスの暖かい地方アルルに移り住む。
(1888年2月から1889年5月 アルル時代) この短い間に、花瓶に入った《ヒマワリ》を合計7点描く。その内の1点を、1920年(大正9)に大阪の実業家 山本顧弥太氏が、白樺派の武者小路実篤氏らに依頼され当時金2万円(現在の約2億円)で購入、日本に招来された。
その翌年 1921年 東京で「白樺美術館第1回展覧会」、続く1924年大阪で「第1回信濃橋洋画研究所作品展」が開催された後、1945年8月6日、兵庫県芦屋市の山本氏の邸宅にあった《ヒマワリ》は、第二次世界大戦の空襲により焼失し、幻の《ヒマワリ》となってしまった。
 
その《ヒマワリ》が目にも鮮やかに再現された。ロイヤルブルー(青色)を背景にした黄色のヒマワリ。
ゴッホは「青色」と「黄色」のふたつの色を『ふたつの愛人』と呼び、愛の表現によく使用した。また、絵具はかなりの厚塗りで、特に花の部分は半ばレリーフ状に盛り上がっている。
 
(文責:岡村 修二 2014年10月)
 
【今月の1枚】フラゴナール《ぶらんこ》
"「アナと雪の女王」に登場する絵"として、最近この作品を観に来館される方が増えています。
ふわふわのレースがたくさん使われたピンクのドレスを着た愛らしい表情の女性が優しい陽の差し込む木立の中、ロープをひっかけて作ったぶらんこで遊ぶ様子を描がいた作品です。ぶらんこの揺れとともに小さなピンクのミュールが軽やかに空中に投げ出されます。 
 
18世紀の前半からおよそ50年ほどとされるロココ時代の巨匠フラゴナールの描いた最も有名な作品の一つである「ぶらんこ」は、1767年、サン=ジュリアン男爵の依頼により描かれました。ぶらんこで遊ぶ女性の足元で微笑む恋人の男性こそが依頼主の男爵。なんとも優雅な作品ですが...宙に舞う女性の背後にはぶらんこを揺らす男性が描かれていたり、アモル(キューピッド)の彫像は人差し指を口にあて、「シーッ」と言っていたり、ちょっと秘密めいた背景も込められています。 
 
パステルカラーにレースのドレス、明るくどこまでも華やかなこの作品は、当時の新興ブルジョワジーが愛した享楽的な生活を映し出しています。
 
(文責:学芸部 浅井 智誉子 2014年9月)
 
【今月の1枚】ヘラクレイトス《ローマン・モザイク》
ウニの殻、鶏の骨、果物の種、私たちが見慣れた食べ物の食べ残しが散乱する様子を床モザイクにした作品です。古代ローマの富裕民たちは、昼下がりから深夜にかけての長い宴の席を、美食と美酒に酔いしれて楽しみました。クリネと呼ばれるベッドのような台に片肘をついて寝ころび、延々と美味しい食事に舌鼓を打ったのでしょう。
そして、食べ残しは床に... 宴の後にできあがったのが、このような食べ物の散乱する床です。その汚れた床さえもモザイクのモチーフにしてしまったという訳です。
もともとは紀元前2世紀に活躍をしたモザイク職人、ソソスの作品を習ったもので、テッセラエと呼ばれる様々な色の石の小片を使ってつくられました。芸術は何物も美に変えてしまう力があるのでしょうか。
 
今年の夏は、B3Fセンターホールに古代ローマの街並みができあがり、『夏休みファミリープログラム 名画で体験古代ローマめぐり』と題し、様々な側面の古代ローマの生活が体験できます。モザイクを作るコーナもありますから、古代ローマのモザイク職人さながら面白いモザイクを作ってみませんか?
 
(文責:学芸部 浅井 智誉子 2014年8月)
 
【今月の1枚】《「わが唯一の望みの」(「一角獣を従えた貴婦人」より)》
鮮やかな赤い地に、小さな草花が一面に描かれたミルフルール(千花模様)、ところどころに愛らしい、うさぎや子羊などが顔をのぞかせ、左右には、たわわに実をつけた、松、ナラ、ヒイラギ、オレンジの木、中央には、獅子と一角獣に守られた美しい貴婦人が侍女を従え、華麗で気品あふれる夢のような世界が描かれています。

また、その後ろの天幕には、「わが唯一の望みの」と、謎めいた銘文が記され、作品名の由来となっています。

この作品は、「貴婦人と一角獣」を主題とする6枚連作のタピスリー(綴織壁掛)の1枚です。注文主は、獅子が持つ旗に描かれた"青地に三つの三日月"が付いた紋章から、フランス王シャルル7世に仕えたル・ヴィスト家のジャン・ル・ヴィストと推測されています。貴婦人はその娘、クロード・ル・ヴィストであるとする説と、彼女の従兄弟のアントワーヌの最初の妻、ジャクリーヌ・ラギエとする説が考えられています。 

1841年、フランス中部のブーサック城で発見されたこのタペスリーは、女流小説家ジョルジュ・サンドにより世に広められ、中世フランス美術の最高傑作と称されています。

9月まで開催中の「名画花図鑑~花からわかる名画の秘密~」では、作品の中に描かれた花にスポットをあてて絵画を紹介しています。この作品にも、スミレ、スズラン、ジャスミン、ナデシコなど、現代の私たちにもなじみ深い草花がたくさん描かれています。
美術館での花めぐり、名画の中に描かれた花々を見つけに、是非、お越し下さい。
 
(文責:学芸部 富浦 敦子 2014年7月)
 
【今月の1枚】 モネ、クロード 《大睡蓮》
モネの親友であり、フランス首相を務めたクレマンソー(1841-1929)の提案による当作品「大睡蓮」は、1916年から1926年の間10年を費やして制作された作品です。大きさは、縦2メートル、横は全て合わせて50メートル強の堂々たる大作です。

モネは1883年に、自宅のあったパリが洪水に遭ってしまった事をきっかけに、ジヴェルニーに移住し、ここを拠点にして創作に励みました。画家は以前から日本に対する関心が強いものがあり、後に購入した庭園を日本趣味に仕立て上げました。太鼓橋を安藤広重作の浮世絵「亀戸天神境内」を参考に架け、その太鼓橋に藤棚を備え付けさせ、なおかつしだれ柳までも庭園に植えました。

当作品は、そのジヴェルニーの庭園を主題にして描いた作品のなかでも晩年の制作です。この時代に至って、画家は空をもはや描かれず、睡蓮、水面、そして柳のみを描きました。
頭上から足元まで広がる一面の2メートルの水面の楕円形の作品に囲まれながら、鑑賞者は水に包まれながらこの大作をご覧いただくことになります。

更に、現在週末開催の週末ギャラリートークでの「名画花図鑑」でも当作品の紹介があります。ご予約の上、当作品の解説を聴かれると当館での滞在がより印象深いものになってくれることでしょう。 他にも、ジヴェルニーの名を付けたB2Fのカフェ「カフェ・ド・ジヴェルニー」にて、モネの作品をイメージしたかき氷が睡蓮の開花時期に合わせて、6月からお楽しみいただけます。

ゆっくりと大睡蓮をご鑑賞いただきながら、モネの作品に想いをはせながら、夏の思い出にカキ氷はいかがでしょうか?
 
(文責:学芸部 市川 敏之 2014年6月)
 
【今月の1枚 】サージェント《カーネーション・リリー・リリー・ローズ》
一面の花に囲まれ2人の少女が佇むのは、夏の夕暮れの庭です。
イギリス滞在中のサージェントが、知人と舟遊びをしている時に、木にぶらさがる提灯を見て作品の制作を思いついたといわれています。
当時ヨーロッパでは日本の文化が一世風靡したジャポニズムの時代で、ロンドンでも提灯やうちわなどが日本から大量に輸入され、デパートなどで売られていたそうです。

サージェントはこの作品の制作のために、花が枯れるたびに植え替え、時には造花まで使って花を絶やさないよう大変な手間をかけ、少女の髪の色にまでこだわったといわれますが、一番描きたかったのは、夕暮れどきの微妙な光でした。
理想とした藤色の光をとらえるために日が沈む前の2~3分に制作したため、ひと夏では完成せず、次の年の夏に2年越しで完成したそうです。

タイトルの「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」は当時の流行歌「花飾りの輪」の一節からつけられたものですが、メロディーも作品にぴったりのなつかしい感じのする曲で、絵の前に立つとつい口ずさみたくなります。
 
(文責:学芸部 森 輝実 2014年5月)
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