過去のおすすめ

 

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ボス、ヒエロニムス《快楽の園》

 2016年に没後500年を迎えたボス。その生涯、師弟関係、影響関係など、今もって不明の点の多い画家ですが、この《快楽の園》をはじめ作品も謎めいたものが多く、その解釈をめぐっては議論が絶えません。

 三連式祭壇画とよばれる形式をとったこの作品は、固定された中央場面と表裏に描かれた両翼からなり、開いた3つの場面の中央が《快楽の園》、左が《エデンの園》、右が《地獄》、そして閉じたときは《天地創造》が描かれています。不思議なことにこの連作には天国が用意されていないことから、現世において快楽をむさぼった結果として人類はひたすら堕落に向かい、結果として地獄に堕ちるという筋書きが示されている、とも推測できます。

 画面から明らかなように、ボスは奇妙で異様な生物を数多く描き、また自然界の秩序である大小関係も転倒しています。頭を下に、足を上にした人物が要所要所に存在するという「逆さま」のイメージや、水泡かガラス、植物のさやにした丸い殻のような「虚ろ」なものも散見されます。イチゴやサクランボはその甘さゆえ快楽の象徴であり、殻は「ヴァニタス」つまり物質のはかなさの隠喩、また画面の中心に位置する青い球体も、壊れやすいこの世界そのものを意味しているともいえるでしょう。

 ボスの生年は1450年頃とされており、ほぼ同じ時代を生きた画家にレオナルド・ダ・ヴィンチがいます。生涯スヘルストーヘンボス(現オランダ)で過ごし、父、祖父、兄弟も画家という芸術一家で育ちました。1516年に亡くなるまでに残した真筆はわずか20点ともいわれ、数こそ多くないもののその名声は高く、スペイン王フェリペ2世はボスの作品を収集、愛好していたことが知られており、この《快楽の園》も彼の所有でした。

 (文責:土橋加奈子 2016年2月)

 
ルソー、アンリ《異国風景》

新年の干支・さるが描かれている、ルソーの「異国風景」をご紹介しましょう。

 アンリ・ルソーは、19世紀~20世紀フランスの素朴派を代表する画家で、元はパリ市の税関職員を務め、仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」でした。「子どもの落書きのよう」と、作品を厳しく批判されることもありましたが、自分の才能を信じて描き続け、詩的で自由な想像力にあふれた独自の画風を開花させます。

 晩年のルソーの周りには、詩人アポリネールや画家ピカソなど、ルソーの芸術を高く評価する芸術家たちが集まり、新印象派の創始者スーラや後期印象派を代表するゴーギャンら、同時代の画家も注目する存在となっていました。絵も売れるようになり、ルソーの芸術は少しずつ理解され始めたのです。

「異国風景」は、ルソーが晩年に熱中して描いた熱帯シリーズの一枚。一面に広がるジャングルの葉っぱは、20~30種類もの緑色を使って、丁寧に描いたといわれます。また、樹木に実る柑橘類を思わせる橙色の果実、赤や純白の花々は絵画に絶妙なアクセントをもたらしています。明るい森の中で遊んだり果実を食べたりしているサルの顔はまるで人間のようで、ぎこちない動きとあわせて、なんとも陽気でユーモラスな雰囲気の絵画です。

 実は、画家は実際に南国へ行ったことはなく、パリの植物園でスケッチしたさまざまな植物を組み合わせて、幻想的な風景を作り上げたといわれます。写真や雑誌の挿絵を元に構図を考えた作品があることも判明しており、キュビスムやシュルレアリスムを先取りしたとも言える独創的な絵画世界は高く評価されました。

 こつこつと、信念を持って自分の画風を確立したルソー。

 大塚国際美術館では、ほかにも「戦争」「蛇使い」などルソーの作品5点をご鑑賞いただけます。新年は、美術館で世界旅行気分をお楽しみください。

 

(文責:富澤 京子 2016年1月)

 
【今月の1枚】コール、トマソ《人生航路:青春期》

コー ル、トマスはイギリス出身で、アメリカ風景画の開拓者であり19世紀半ばに盛んとなったアメリカの芸術運動、ハドソン・リヴァ―派の創始者であると考えら れています。1842年に描いたこの作品は、4連作のうちの2番目になり、この一連の作品では人間の誕生から死に至るまでの一生(人生)が船旅にたとえられて描かれています。

 連作の1番目は<幼年期>で、幼児は、一緒に舟にのっている守護天使に守られながら人生の旅に出発します。

 2 番目の本作は<青年期>で、天使に別れを告げ、今度は自ら舵をとって一人で舟を漕ぎ出していきます。手を前方に高く上げる青年の勇敢なポーズが目にとまり ます。遠くの空には、青年の希望や夢、野心の表れとも言える、白く輝く光のような幻の大建築が浮かびあがっています。穏やかな川がそのまま続いているよう に見えますが、右端の木と木の間から見える川は、波立ち荒々しくなっています。これから訪れる青年への試練や逆境を感じさせます。今はまだ何も知らない青 年が、ただただ希望の光を目指してまっすぐに突き進むその姿に勇気を与えられます。

  3番目の<壮年期>では、青年は大人へと成長し舟が急流へと押し流され、まさに人生の試練に直面した場面が描かれています。最後の<老年期>は、逆境を乗 り越え、海に漂着した老人のもとに再び天使が舞い降り、遠く光が差す空からも天使が現れ、天空の世界へと老人を誘います。

 この作品は、“さぁ、あなたの夢、希望は何ですか?”と問いかけているようにも見えます。

 2016年ももうすぐそこ。。。新たなスタートを前にぜひご覧ください。

 

文責:松浦奈津子 2015年12月)
 
【今月の1枚】ベッリーニ《サン・マルコ広場の聖十字架遺物の行列》

ヴェネツィアを代表する場所、サン・マルコ広場。多くの観光客を惹きつけるこの広場の約520年前の様子を描いた作品が今回ご紹介する「サン・マルコ広場の聖十字架遺物の行列」。時期としてはレオナルド・ダ・ヴィンチがミラノで最後の晩餐を描いていたころとなる。

ヴェネツィアの文化は15世紀後半から16世紀にかけて発展する。当時、ヴェネツィアには同業者や同階級の者達の集まりである同心会が大小300ほどあった。ヴェネツィアを代表する作品は同心会がもつ会館を飾るため、画家に委託したものが多く、この作品もそのひとつである。

ヴェネツィアは小さな島々が集まってできおり、サン・マルコ地区は政治的、宗教的中心地区として栄えた地区で、今も多くの人々が集まるヴェネツィアの玄関口ともいうべき場所である。

きらびやかで厳かにそびえ建つサン・マルコ寺院は、エジプトから盗み出された聖マルコの遺体を納めるため建てられた。もともとは832年に総督の私的な礼拝堂として建てられたが、後に焼失し、1094年に建てられたのが現在の寺院とされる。

本作品にはその中心的建物であるサン・マルコ寺院が中央奥に、その前にはサン・マルコ広場、そして寺院の右側には総督の住居兼政庁のドゥカーレ宮殿が描かれている。これは依頼主である同心会が行った儀式の様子を描いており、そこには同心会の中心メンバーの肖像も描かれている。

現在のサン・マルコ広場の建物の様子は、実はこの作品に描かれた様子と大きく変わっていない。たくさんの人が集う美しい街並みは、520年もの間人々に愛され、守り続けられた。この作品で気になるところがあれば、まだ現地で見ることができるかもしれないので、ぜひ確認してみてほしい。

(文責:内藤寿美子 2015年11月)

 
【今月の1枚】ティソ、ジェイムズ《休日》

紅葉が美しい秋におすすめの1枚、ジェイムズ・ティソの「休日」をご紹介します。

『ピクニック』というタイトルでも知られるこの作品は、フランス生まれのティソがロンドンで描いた作品です。画家の邸宅の庭が舞台で、老若男女がお茶をしたり、談笑したりとそれぞれの時間を楽しみ、憩う様子が描かれています。

白いシーツの上には紅茶セットにおいしそうなケーキ、そして葡萄。「もう一杯いかが?」と画面左の女性が、横になりくつろいでいる男性にお茶を注いでいます。男性の前に並んでいるのは飲料水用のガラスボトルで当時の新商品だそう。柱廊の奥では男女がじゃれ合いながら愛を確かめあっているような姿も見えます。画面右側で、他の人物に背を向けて一人小さなカップを手にする女性は、ティソがロンドンで知り合ったキャサリン・ニュートンで、彼の絵のモデルとしてしばしば登場しています。黄葉する栗の木々が、彼女の哀愁満ちた表情をさらに引き立てています。

男女のファッションも注目すべき点です。男性がかぶっている、日本のコマの模様をあしらったような帽子は、イギリス紳士を虜にしたスポーツ“クリケット”の、チームの帽子です。

紅葉に心奪われる秋の休日。描かれた人物の表情やしぐさに、それぞれの想いが隠された1枚です。

(文責:山側千紘 2015年10月)

 
【今月の1枚】ファン・エイク、ヤン《アルノルフィーニ夫妻の肖像》

西洋名画の代名詞とも言える油絵を完成させたヤン・ファン・エイクの作品です。

この作品は、イタリアのルッカ出身の商人ジョヴァンニ・アルノルフィーニ氏が右手を挙げながら左手で女性の手を取る姿が描かれており、この二人の結婚の誓いを表した、いわば結婚証明書であり、この部屋の中には様々な結婚を象徴するものが描かれています。

左手の脱ぎ捨てられたサンダルは「聖なる場所では履物を脱げ」という聖書の言葉に由来したものです。夫妻の背後にあるベッド左側の椅子の背に「聖マルガレーテ」像が描かれていますが、これは安産の守護聖人です。その脇の「刷毛」や中央の鏡の左側にある「水晶のロザリオ」は当時の結婚の贈り物でした。

このようにこの二人の結婚を祝福しているかのように描かれた作品ですが、近年において美術史家により新説が浮上してきています。

実はこの結婚は世間から認められるような結婚ではなかったのではないかという説です。

正式な結婚の場合はお互いに右手を取り合いますが、アルノルフィーニ氏は左手で新婦の右手をとっています。これは身分の違う者同士の貴賤結婚、俗に言う「左手結婚」だったのではないかというのです。

この場合、新婦や生まれる子どもにも相続権が与えられませんが、夫が生きている間は保障される習慣がありました。つまり、この作品は財産の贈与と引き換えに妻になるという契約を無事に終えたところなのではないかというのです。

この作品は、中野京子さんの著書「怖い絵」シリーズにも登場する作品でもあり、当館ではこの書籍にちなんだ「怖い絵ツアー」の開催も好評です。まだまだ、残暑の厳しいこの時期に美術館で名画にひそむ背筋も凍るような怖さを体験してみませんか。

文責:川﨑 泰寛 2015年9月)

 

 
【今月の1枚】エドゥアール・マネ《フォリー=ベルジェールのバー》

1890年頃~1920年頃のおよそ30年間をベル・エポック(古き良き時代)といい、 1900年 第5回パリ万博を頂点にパリの街が繁栄したひときわ華やかな時代。 その時を予兆した作品が今月の一枚。

1882 年 マネ最晩年のサロン出展作品。 パリで最も華やかな社交場のひとつであったフォリー=ベルジェール劇場の バー・カウンターにシュゾンという女性をモ デルにした給仕の姿を描いた。 マネ50歳はこの頃、左足の壊疽という病に悩まされながら激痛に耐え、自分のアトリエに 同劇場のバー・カウンターをセッ トしてこの作品を完成させた。 絵の構図は平面的でありながら奥行きを感じさせ、給仕の女性のうしろ姿に対面している 男性が鏡に映っている。バーのお客 かこの絵の鑑賞者なのか・・・。 テーブルには酒のボトルが並び、右端にあるビールは今でも入手できるイギリスのビール 「バス・ペール・エール」。ま た、グラスに入っているピンクのバラの花、果物の柿かオレンジの いわゆる「静物画」の描写は印象派画家の参考になったとか。

初期ベル・エポックの社交場を生き生きと描いたマネの傑作を隅々までご覧いただきたい。

(文責:岡村修二 2015年8月)

 
 
【今月の1枚】ターナー《雨、蒸気、速力:グレート・ウェスタン鉄道》

18世紀後半から19世紀にかけ活躍をした、イギリスの偉大な画家ウィリアム・ターナー。

彼の作品の中で、おそらく最も有名であるのがこの作品です。

 

横殴りの雨と一面の霧の中をグレート・ウェスタン鉄道の蒸気機関車が猛スピードで鉄橋を走る様子が描かれています。

この作品が描かれた19世紀中頃のイギリスは鉄道が大人気でした。真っ黒な蒸気機関車の車体正面には真っ赤な灯りがみえます。これは実際には見えるはずのないボイラーの火。列車の上には、もくもくとエンジンから出る蒸気が立ち上り、霧の遠くに消えていきます。そして実際には目にしない光景だったのでしょうが、列車の前を、野ウサギが必死に走る様子まで描かれています。

 

ターナーは、毎年のようにスケッチ旅行に出かけ、作品製作のインスピレーションを得たといいます。そして、初めての列車旅では、嵐の中でも窓から頭を出して風を感じたそうです。その体験が画面から走り出てくるような列車のスピード感を生み出したのかもしれません。

 

今年はターナー生誕240年。6月からその生涯をえがいた映画『ターナー、光に愛を求めて』も全国で順次公開されています。映画を観て、ターナーの生涯にふれ、改めて彼の描いた名画に魅せられたいと思っています。

 

(文責:浅井智誉子 2015年7月)

 

 
【今月の1枚】ラファエッロ《アテネの学堂》
ルネサンス古典主義の最高傑作といわれるこの作品は、1509年、ローマに招かれた26歳のラファエッロによって描かれました。
 
ヴァティカン宮殿内にある当時のローマ教皇ユリウス2世の政務室「署名の間」に描かれたもので、「署名の間」の四方の壁には、ラファエッロによる「神学」、「詩学」、「哲学」、「倫理」をテーマした4枚のフレスコ画が描かれ、そのうち「アテネの学堂」は、「哲学」を表しています。
 
描かれた壮大な大聖堂や彫像の前には、古代の哲学者や賢者、学者、文人らが一堂に会し、中央のアーチ下に立っている二人の人物は、左がプラトン、右がアリストテレス、そのまわりには、ソクラテス、ピュタゴラス、ユークリッドの姿も見受けられます。プラトンは、ラファエッロが尊敬するレオナルド・ダ・ヴィンチをモデルとして描かれています。
 
また、中央階段に座り大理石に肘をつき詩を書いているヘラクレイトスの姿は、ミケランジェロをモデルとしたといわれていますが、下絵には描かれていません。
一説によると、ラファエッロがこの絵を描いていた同じ頃、システィーナ礼拝堂では、ミケランジェロによる天井画が制作されていて、その作品を見たラファエッロは深く感動し、ミケランジェロへの賛美として描き加えたといわれています。
 
画家が画家を敬愛する気持ち、このエピソードに強く心を打たれるものです。
 
現在、開催中の週末ギャラリートークでは、「こっそり教えます!胸キュン絵画」と題し、様々な切り口で“胸キュン”絵画をご紹介しております。是非、皆さまもご参加ください。
 
(文責:富浦 敦子 2015年6月)
 
【今月の1枚】モネ《アルジャントゥイユのヒナゲシ》
モネが絵のほかに強く惹かれていたもの。それは四季折々の花です。
彼が40年以上も暮らし、「睡蓮」の連作を描いた自宅ジヴェルニーの庭は、当時の園芸雑誌にも取り上げられるほど有名でモネも手入れに力を入れていました。
 
そのジヴェルニーに移り住む12年ほど前にアルジャントゥイユで制作されたこの作品には、無数の赤々としたヒナゲシが描かれています。左半分を大きく占めるヒナゲシは画面構成に快いリズムを生み出しています。
 
そして右前方に目を移すと、野原を散歩する母子の姿があります。おそらく画家の妻カミーユと息子ジャンをモデルにしたといわれています。当時6歳だったジャンの手には、土手を下るあいだに摘み取ったヒナゲシの花がいくつか描かれ、また彼の帽子のリボンにも花と同じ色が使われていることで、彼の存在がこの風景に溶け込んでいるように見えます。
 
画面左奥には似たような親子の姿が見えますが、この二人は同じくカミーユとジャンを描いたものです。草むらにわずかに残る通り道によって、彼らが画面手前に向かって歩いてきたことや、過ごした時間の経過を感じることができます。カミーユの日傘がここではまだ閉じられていることも注目です。
 
セーヌ河畔の町アルジャントゥイユは、モネが滞在したことでマネ、ルノワール、シスレー、ピサロもこの地を訪れて制作活動をしており、印象派の誕生と成立とを語るうえで欠かせない場所となっています。モネは第1回印象派展に計4点の油彩画を出品しており、本作もその中のひとつです。この時期の作品には輝くような明るさが満ち溢れ、小品でありながらも、絵を愛し、花を愛し、家族を愛したモネの喜びを感じることができる1枚です。
 
 (文責:土橋 加奈子 2015年5月)
<<大塚国際美術館>> 〒772-0053 徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1 TEL:088-687-3737 FAX:088-687-1117