過去のおすすめ

 

過去のおすすめ一覧

過去のおすすめ一覧
フォーム
 
【今月の1枚】マネ、エドゥワール「笛を吹く少年」
マネは、19世紀パリを代表する画家のひとりで、“印象派の父”と称されました。モネやルノワールなど印象派の画家たちに慕われ、ともに戸外に出かけ制作していたことから、何度も「印象派展」への出品を誘われますが、サロンで認められることにこだわったマネは一度も参加していません。
 
そのマネの代表作で最も親しまれている作品のひとつが、この「笛を吹く少年」。マネがこの絵を描く前年に訪れたスペインで見たベラスケスが描いた肖像画の影響が色濃く、鈍い色彩の背景に「赤と黒」で二分された平面的な構成は、当時としては異例で、マネが関心をもっていた日本の浮世絵版画の影響が考えられています。先進的だったこの作品は、当時のアカデミーでは評価されずサロンで落選してしまいましたが、マネの独創性は、観る者の心を魅了し光を放ち続けています。
 
当館にて7/17〜スタートする♯アートコスプレ フェス2019 レボリューションでは、マネの「笛を吹く少年」の衣装も登場、金ボタンの黒い上着と、太い黒のストライプの入った赤字のズボンの制服を着た鼓笛隊員の少年、あなたも絵画の中の登場人物になってみませんか?
(文責:富浦 敦子 2019年7月)
 
【今月の1枚】モネの「大睡蓮」
 1883年、43歳のモネは、パリからおよそ80㎞離れた村ジヴェルニーに住まいを移します。園芸も趣味としたモネは四季の草花を育て、日本風の庭園をつくり、以後1926年に没するまでの40年以上にわたってこの地で一連の「睡蓮」を描きました。その数は200を超えるとされています。これらの集大成といえるのがオランジュリー美術館にある「大睡蓮」。画家はこの作品を「自然光のもとで見てほしい」と願い、当館では退色劣化しない陶板の特性を活かして屋外に再現しています。天候や季節の光の移り変わりで異なる変化を楽しむことができる上、6~9月にかけては周囲の池に睡蓮の花が咲き、名画とともに楽しめるベストシーズンが訪れます。
 
 さて、いまでこそ巨匠として知られるモネですが、1874年に発表した作品「印象、日の出」はジャーナリストのルロワから酷評されました。それは、ものの形や固有の色彩など自然の忠実な模写を目指していた伝統的絵画とは違った、素早い筆の運びによる下絵のような仕上げに最大の理由がありましたが、この作品は「印象派」の名前の由来となり、モネは絵画界に新しい革命をもたらしました。
 
 当館では、6月から8月の間、「名画の中のレボリューション 革命的絵画」をテーマに、スタッフがギャラリーをご案内します。フランス7月革命(1830年)をたたえて描かれたドドラクロワ「民衆を導く自由の女神」など、絵画の新時代を築いた作品をめぐる約40分間のガイドツアーです。ぜひご参加ください。
 
 
(文責:土橋加奈子 2019年6月)
 
【今月の1枚】リゴー、イアサント≪ルイ14世の肖像≫
  リゴーはフランス宮廷の肖像画家として名をなし、貴族や国王ルイ14世の肖像を数多く手がけました。
なかでも有名なこの肖像画は1701年、スペイン継承戦争を起こした63歳のルイ14世がスペイン王室に送るために描かせたもので、その出来ばえに国王自身があまりにも気に入ってしまい、スペインにはその模写が送られたと伝えられています。
 
 ブルボン家の紋章のユリを刺繍した豪華な白テンの毛皮のマント、右手の王笏、腰にシャルルマーニュ伝来の剣、左奥のクッションの上の王冠は、王の聖別式のための衣裳と道具であり、尊大に胸を張って立つ王の姿からは、絶対王政を確立し、「朕は国家なり」という言葉を残したルイ14世の威厳と品位がただよってきます。

 王は少年期に踊ったバレエの役柄がギリシア神話の太陽神アポロンであったことから、「太陽王」と呼ばれました。この絵では片足を前に出した動的な「コントラポスト」の姿勢で、高いハイヒールを履き、足が美しく見える優美なポーズをとっています。

 当館では、絵画の額縁も地域および時代考証をし、調査時点でオリジナルと同様のものを作ることを基本としており、この額縁は詳細な文様もルーヴル美術館から資料を取り寄せ、忠実に再現しています。ルイ14 世がフランス国王となった17 世紀は、絶対王政時代の象徴的な額縁が多く、額縁上部の王冠には、ブルボン家の紋章であるユリの花が彫られており、アカンサスの葉模様も豪華です。
 
 2019年5月の土日開催・もっと知りたいアートツアーでは、「名画の中のセレブリティ!華麗なる王侯貴族の世界」と題し、ルイ14世のほか、才能と美しさを兼ね備えたポンパドゥール夫人、皇帝ナポレオンと皇后ジョゼフィーヌなどフランスの王侯貴族が描かれた絵画を中心に、館内をめぐりながらスタッフがご紹介します。ぜひご参加ください。
 
(文責:富澤京子 2019年5月)
 
【今月の1枚】ブーシェ、フランソワ≪ポンパドゥール夫人の肖像≫
 ピンク色の華やかなドレスに身を包んだ女性は、38歳のポンパドゥール夫人(1721-1764)です。花咲く自邸の庭園でポーズをとっていますが、知的な美しさを持ち、気品あるその立ち姿から憧れを抱いた人も少なくないでしょう。
 
 ポンパドゥール夫人ことジャンヌ・アントワネット・ポワッソンは、格別高貴というわけではありませんが、富裕な市民の家柄に生まれました。教養を深め、結婚もしますが、その才色兼備の魅力から1745年以来ルイ15世の寵妃となりポンパドゥール公爵夫人の称号を受けました。文芸の復興や技術の振興に尽くした女性で、文学者や芸術家を手厚く保護したことで知られ、画家ブーシェは彼女の居城のためにゴブラン織りを制作したことから庇護され、絵を教えたり芸術上の助言を行うなど、彼女にとってお気に入りの画家のひとりとなったのです。
 
 さて、ロココ時代のファッションリーダーでもあったポンパドゥール夫人のドレスに注目し当時の流行を見てみましょう。18世紀、フランス・サロン社会ではファッションが劇的に変化し、ウエストを絞り、スカートを膨らませる「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」という女性らしいファッションスタイルが登場しました。そして、さらにそのファッションを引き立てたのが、ここでも見られる豊富なリボンの装飾です。胸元やスカート全体、裾口などにリボンが用いられ、リボンの全盛期となりました。また、肘の部分に何枚も重ねたレース飾りもこの時代の特徴です。
ポンパドゥール夫人の見事なプロポーションとその着こなし、あまりの美しさに見惚れてしまいそうです。
 
 では、古代から現代までの西洋絵画を一堂に鑑賞することができます。絵画の中の登場人物の衣装に目を向けて、当時の流行を探してみてはいかがでしょうか♪
 
(文責:松浦奈津子 2019年4月)
 
【今月の1枚】マザッチョ《貢の銭》
マザッチョは15世紀初頭の初期ルネサンスを代表する画家です。当時流行していた様式美を強調する表現ではなく、奥行きや立体感などを駆使した、リアリティ溢れる表現を行いました。
 
「貢の銭」は、新約聖書の1シーンです。この場面が絵画として描かれることは稀ですが、礼拝堂を立てたブランカッチ氏が、当時フィレンツェ市民に課せられていた新しい税制に賛成であるという政治的立場を表すため、礼拝堂内にこのシーンを描くよう依頼したとされています。
 
1枚の作品に、大きく分けて3つのシーンが描かれており、絵巻物のようにストーリーを追って観ることができます。
まず画面中央ではキリストと弟子たちが神殿に税金を納めるように命じられています。キリストは無駄な争いを避けるため、弟子ペテロに川の魚の口の中から銀貨を取り、それで支払うように命じます。ペテロは戸惑いの表情を浮かべているようにも見えますが、画面の左側では師の言葉通り、川で捕まえた魚の口から銀貨を取り出しています。最後のシーンは画面右側、ペテロが収税吏に銀貨を渡しています。
 
マザッチョが追及したリアリティを感じていただくには、作中の影にもぜひご注目ください。この作品は礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画で、作品が描かれた壁の右側には窓があります。実際の窓からの光に絵画の登場人物たちも照らされているかのように、光はすべて右側から当たり、人物や建物の影が左側へ落ちるように描かれています。
15世紀のリアリズム表現にもご注目ください。
(文責:畑中真弓 2019年3月)
 
【今月の1枚】フェルメール、ヤン《手紙を読む女》
17世紀オランダの風俗画(さまざまな階層の風俗や日常生活を描いた絵画)には、郵便制度の発達もあり、手紙を読んだり書いたりすることに没頭している女性の絵が数多く見られます。特に恋愛という目に見えないテーマを描く際、手紙はアイテムとして効果的に使われ、オランダを代表する画家フェルメールもこの題材を好みました。彼は43年の生涯で残した30数点の作品うち、手紙をモチーフにした作品を6点制作しています。
 
6点のうちのひとつ「手紙を読む女」は、青い服を着た一人の女性が手紙を読んでいる場面を描いた作品で、別名「青衣の女」とも呼ばれています。
フェルメール初期の作品「窓辺で手紙を読む女」とよく似た構図ですが、画家の成熟期に描かれた「手紙を読む女」は、初期のものに比べ、人物が周りの情景を支配し、画面の中心となっています。また左にあるはずの窓は、絶妙な光の表現によってその存在が暗示されており、全景の椅子が画面の右縁で唐突に切断されるなど、より大胆で熟練されたものになっています。控えめな色調が全体の静まりかえった雰囲気をいっそう強め、極端に少ない色数は、画家があえて自らの技術を試しているかのようです。
 
さて、画中の女性が読んでいる手紙は一体誰から送られてきたものなのでしょうか。部屋の中には椅子が2脚あり、机の上には慌てて開封したかのようにみえる封筒、その横には真珠のネックレスが描かれています。壁には大きな地図がかかっており、この地図は愛する人が遠く離れた場所にいることを暗示していると考えられています。
「想い人からなかなか送られてこない手紙を待ちわびていた女性が、出かける支度をしていたところ、手紙が届き、急いで開封し、一心不乱に読んでいる。」そんな風に想像すると、彼女の表情が不安から解き放たれ、少し安心しているようにも見えてきませんか。相手を想う気持ち、恋する気持ちが伝わってくる、バレンタインシーズンにぴったりな1枚です。
(文責:山側千紘 2019年2月)
 
【今月の1枚】ルノワール《団扇をもつ少女》
今月は、新年を祝うにふさわしい、華やかさと明るさに満ちたルノワールの作品、「団扇をもつ少女」をご紹介します。
 
彼が描く多くの女性肖像と同様、この作品からも親近感やあたたかみ、愛らしさなどが感じられます。
 
花飾りがついた麦藁帽子をかぶっている少女は、フランスの国立劇場コメディー・フランセーズの人気女優になったジャンヌ・サマリー。ルノワールのお気に入りのモデルで、彼女の魅力に惹かれた彼は何度も描きました。わずかに見える椅子の背もたれから、椅子に座って視線を向けていることが伝わってきます。
 
19世紀中頃のパリ万国博覧会の開催により、ジャポニスム(日本趣味)が沸き起こり、日本からの美術工芸品などの出品は印象派の画家たちに影響を与えました。ルノワールは、マネやモネ、ドガのように日本美術を研究し、その成果を自身の芸術に生かしたわけではありませんが、この絵は彼のジャポニスム(日本趣味)の好例ともいえます。
 
英国風タータンチェックの洋服、右手に持たれた日本風の団扇や日本の菊を思わせる花々から、当時の流行を取り入れた作品とも見受けられますが、関心が寄せられた日本のアイテムのひとつである団扇は、ここでは涼をとるための実用性はなく、アクセサリーのひとつとして役割を果たしています。また、画面右半分を占める花束が、少女の美しさ、艶やかさとマッチしており、これとは対照的である緑のストライプのシンプルな装飾的効果も注目したい点です。
 
「幸福」をテーマにしていたルノワールが描く人物たちは、いつもほほ笑み、優しい表情をしています。彼の作品のように、たくさんの幸せが花開く1年となりますように。
 
(文責:吉本 早希 2019年1月)
 
 
 
【今月の1枚】ゴーギャン、ポール《黄色いキリスト》
7枚の≪ヒマワリ≫を鑑賞後、是非ご覧いただきたい今月の1枚。
この作品を描く少し前、南フランス、アルルの町でゴッホとの共同作業生活は、いさかいが 絶えず僅か2ヶ月で終わってしまった。その直後、ゴーギャンはブルターニュ行きを思い立つ。 たどり着いたのは、素朴な文化と中世キリスト教が息づくブルターニュ地方、ポン・タヴェン村。 描かれているのは、秋枯れた田園風景を背に聖女なのか3人の農婦に見守られ、意識も もうろうとして諦めにも似た表情を浮かべるイエス・キリスト。どこか画家ゴーギャン自身にも 見て取れる。独特の白い帽子をかぶったポン・タヴェンに見られる民族衣装の女性達が ひざまづく村は、原始的なものに心ひかれたゴーギャンの創作意欲をより一層掻き立てた。 ついに,〝自らの芸術〟をこの地で創造し、彼を慕った多くの若い画家達が集うようになる。 芸術家の苦悩をキリストの受難になぞらえて、単純な型と明確な輪郭線そして鮮やかな 色彩によって独自の画風を確立させた。 『ポン・タヴェン派』の誕生である。この≪黄色いキリスト≫を描いた2年後の1891年、 ひとりであの「南の楽園 タヒチ」へと向かった。
 
(文責:岡村修二 2018年12月)
 
【今月の1枚】ゴッホ、フィンセント・ファン《タラスコンへの道を行く画家》
11月3日(祝・土)より、新しい作品が追加されます。ゴッホの描いた唯一の全身自画像で消失してしまった名画、「タラスコンへの道を行く画家」です。
かつては、ドイツ・マグデブルクのカイザー・フリードリヒ美術館(現マグデブルク文化歴史博物館)が所蔵していたこの作品は、第二次世界大戦の間、戦火を逃れるためにたくさんの美術品とともに、近郊の岩塩坑に疎開されました。美術品が疎開された、岩塩坑は、地中460メートルもの深さで、当時その上にはナチス軍のジェットエンジン工場があり、工場にはドイツ最大のウラン庫もあった為、アメリカ軍の最優先占拠地とされていました。終戦後、アメリカ軍によって解放された時に多くの美術品は発見されましたが、ゴッホの絵があった部屋は2度の火災にみまわれた末、作品は姿を消してしまいました。
「タラスコンへの道を行く画家」は、火災で焼失したのかもしれません。しかし、誰かが価値ある作品のみ持ち去り、それ以外のものは火を放ち、証拠を消したのではないか、という説も拭い去れません。現在、岩塩坑のあった場所は、地盤沈下により入ることができなくなってしまいました。
この作品は、1888年、ゴッホが南フランスのアルルに滞在している間に描かれた作品です。題名にある“タラスコン”とは、アルルからほど近い町の名前です。ゴッホはイーゼルや画材をもってタラスコンに続く道を、お気に入りのモンマジュール修道院まで何度も通ったそうです。その時の自分自身の姿を描いた作品です。
今月、もう見ることができない名作がよみがえります。
(文責:浅井智誉子 2018年11月)
 
【今月の1枚】ミレイ、ジョン・エヴァレット《オフィーリア》
水面に浮かんでいる女性は、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」に登場する悲劇のヒロイン、オフィーリア。
恋人である王子ハムレットに冷たくあしらわれ、父親も殺されたオフィーリアは、悲嘆のあまり正気を失い、みずから編んだ花環を川辺の柳の木の枝にかけようとして、誤って川に落ちてしまいました。
 
背景に描かれた自然は、ミレイが1851年の夏に訪れたロンドン南西のサリー州の川岸の実景で、彼は数ヶ月この地に滞在し写生し続けたといわれています。
その中に、意図して詳細に描かれた美しい花々は、それぞれ象徴的な意味があり、例えば、ワスレナグサの花言葉は「わたしを忘れないで」、オフィーリアの心情が伝わってきます。
 
また、モデルを務めた女性は、のちに画家ロセッティの妻となるエリザベス・シッダル。彼女はミレイが用意した古着の時代物のドレスを身にまとい、長時間、冷たい浴槽に身を沈めポーズを取り続けたことで、風邪をひいてしまったともいわれていますが、彼女の表情、水を含んで重くなったドレスの広がりなどから、ミレイの驚嘆に値する細部描写へのこだわりが伺えます。
 
当館では、9月から11月まで「イギリス」をテーマにイベントを開催しております。
是非、この機会に、イギリス絵画に注目してみてはいかがでしょうか?
 
(文責:富浦 敦子 2018年10月)
 
<<大塚国際美術館>> 〒772-0053 徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1 TEL:088-687-3737 FAX:088-687-1117