過去のおすすめ

 

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【今月の1枚】シュピッツヴェーク、カール《蝶の捕獲》
ドイツの画家、シュピッツヴェークが描いたユーモアのある作品です。
南ドイツのミュンヘンで生まれ育ったシュピッツヴェークは、人の心の機微をユーモアや皮肉を込めて表現した、絵画における数少ないユーモリストの一人です。バイエルン地方の美しい自然を描くことも多く、印象派に通じるアット・ホームな自然表現も作品の特徴の一つですが、この絵にある自然はドイツと言うよりはどこかの熱帯林のような風情で、トロピカルな熱気を感じさせます。
 
熱帯林で大きな美しい蝶を発見した蝶のコレクター。
でもなぜか、喜ぶというよりも驚愕し、当惑し、立ちすくんでいます。
よく見ると、その手にある網はあまりに小さく、せっかくの見事な蝶を捕獲することはできそうにありません。太陽の光が反射した眼鏡で表情はよく見えませんが、それが彼の複雑な心境を、むしろよく表しているように見えます。類まれなる蝶を発見したというのに、自分には捕まえることができない・・・彼の当惑と喜びは計り知れません。
 
こうした状況的にちぐはぐなズレの感覚や、どこか憎めない人物像もまた、シュピッツヴェークの表現する“ユーモア”なのです。
(文責:畑中 真弓 2018年5月)
 
 
【今月の1枚】ゴッホ、フィンセント・ファン《ヒマワリ》
“ヒマワリの画家”とも呼ばれるフィンセント・ファン・ゴッホ。彼はパリ時代にもヒマワリの花を題材に、数点描いていますが、花瓶にヒマワリのみが生けられた作品は、1888年に移り住んだ南フランスのアルルで描きました。

彼は南フランスのアルルで、尊敬するゴーギャンの到着を待ちわび、共同生活の為に借りた「黄色い家」のアトリエを飾るために花瓶に入った「ヒマワリ」を描きました。1888年8月、ゴッホはまず3輪の花が花瓶に入った作品を描き、次にとりかかった作品では、初めに描いた作品の構図を応用し、手前に3輪の花を配置しました。この2番目に描いた「ヒマワリ」は、浮世絵を意識した輪郭線、際立つ色彩のコントラスト、装飾的な色面分割を強調し、背景にロイヤルブルーを用いることで、まるでステンドグラスのような効果を生み出しています。3番目に制作した作品は先の2作品よりもヒマワリの数を増やし、花瓶にサインを描きました。そして4番目に描いた作品は、背景に明るい黄色を選び、「明るい色彩を背景にした明るい色彩の効果」を改善するために、主題と背景の明暗のコントラストを和らげました。なんとゴッホはこの4点の「ヒマワリ」を、1888年8月のわずか数日間で仕上げています。
 
ゴーギャンがアルルに到着したのは1888年10月。約2か月後に共同生活は破たんしますが、ゴッホは1889年1月に3点の「ヒマワリ」を制作しました。ヒマワリは夏の花であるため、5番目と7番目に制作した「ヒマワリ」は4番目の作品を、6番目に制作した「ヒマワリ」は3番目に制作した作品を、それぞれ模写したとされています。背景の色やヒマワリの形状は確かによく似ていますが、サインの有無や位置、花の中心部の色使いなど、見比べるとそれぞれ違いがあることに気づきます。
 
7点の花瓶の「ヒマワリ」は、ゴッホがこの世を去った後、オランダ、日本、ドイツ、イギリス、アメリカと世界各地に点在し、なかには個人蔵や、かつて日本にありながら戦禍で焼失した作品もあります。大塚国際美術館では、花瓶の「ヒマワリ」全7点を陶板で原寸大に再現し、ゴッホが制作した順に、展示室左の壁から並べて展示していますので、それぞれの作品をじっくりご堪能ください。
(文責:山側 千紘 2018年4月)
 
 
【今月の1枚】パルミジャニーノ《凸面鏡の自画像》
ルネサンス時代に凸面鏡などが普及し、光学への理解が深まると、画家たちは肉眼とは違う、鏡に映るもう一つの世界に着目するようになります。
 
本作は、直径わずか24cmの円形の板へ、凸面鏡に映った自分を描いています。鏡には正確な像が映るという概念を覆し、鏡の面に歪みがあれば正確な描写をしても歪んだ像になるという奇想が、マニエリスムの画家たちの趣味に合致していました。
 
パルミジャニーノは凸面鏡に映るイメージの歪みを利用し、平面鏡だったら映らないような天井や窓枠、金の額縁(画面右)などを描いています。そして、自身の前方に置かれた手は非常に大きく描かれていることから、手を使った仕事、つまり画家という職業の暗示にも見えますが、これは凸面鏡特有の視覚的トリックが表現されていると言えます。
 
このような視覚的トリックに強い関心を持っていたパルミジャニーノは、ラファエッロの再来として期待されましたが、晩年には錬金術に没頭し、変わり者のような扱いをされたと言われています。
 
(文責:川崎泰寛 2018年3月)
 
【今月の1枚】ドガ、エドガー《ダンス教室》
今月は、ドガが描いた「ダンス教室」をご紹介いたします。
「踊り子の画家」と言われるほど、ドガの踊り子の作品はポピュラーです。バレエの踊り子は彼にとって生涯、興味の尽きない題材で、舞台の場面だけではなく、本作のように人間のありのままの姿を見ることができる舞台裏や稽古風景も描きました。画家自ら踊り子の舞台裏に足を運び、厳しい稽古の様子を描いた最初の画家と伝えられています。
 
本作のドガの視線は、スナップショット的にとらえたある瞬間の光景に注がれています。踊り子たちの意識は画家に向かわず、画面中央の棒にもたれて立つ白髪の教師に向かっています。遠近法を利かせた奥行きのある画面には、20人近い踊り子が描かれていますが、かつては自らも舞台で活躍していた有名なダンス教師、ジュール・ペロに対する反応はまちまちで、それがこの作品の面白さを感じさせるひとつになっています。
 
彼の言葉に熱心に聴き入る弟子もいますが、大半は横や下を向いたり勝手に踊ったりと優等生とは言いがたい様子です。また、左端でピアノに腰掛けている踊り子は、背中を掻いていてエレガントとは言えない仕草ですが、人間のありのままを描くドガらしさが表れています。
 
当館には、オルセー美術館所蔵の「花束を持つ踊り子」「舞台の踊り子(エトワール)」「青い踊り子」など10点のドガの魅力を感じられる展示室がございます。ご来館の際は、ぜひご鑑賞ください。
 
(文責:吉本 早希 2018年2月)
 
【今月の1枚】ルノワール、オーギュスト《ボート遊びの人々の食事》
パリ郊外、セーヌ河畔の町は1800年代後半、鉄道網の発達に伴い、パリっ子たちにとって格好の行楽地であった。人々は休日になると汽車で郊外へ出かけ、ボートやヨット、水遊びに興じ、その後の食事も大きな楽しみの一つであった。
 
今月の一枚の舞台になったレストランは、セーヌ河畔に今もある水上レストラン「フルネーズ」。画面左側に立っている麦わら帽子の男性が、レストランの主人 アルフォンス・フルネーズ(34歳)、手前の子犬をあやしている女性が、9年後のルノワール夫人 アリーヌ・シャリゴ(22歳)。印象派特有の柔らかい筆致で〝生きる歓び〟を明るく描き、登場人物の会話や笑い声が今にも聞こえてくるようだ。
 
並べられた食卓の上の食事は、〝しあわせ色〟できらきら輝いている。しかし、この時、ルノワール本人は印象派の技法に限界を感じていたという。彼は本質的に人物画の画家であり、モデルの明瞭な顔の輪郭線は、印象主義の技法では表現できないと行き詰まり、悩んでいた。悩んだ末、この年(1881年)の10月、印象派の画風を離れ、古典主義的な絵画を目指すためイタリアへ1年間旅立つ。

旅先では、特にルネサンスの巨匠ラファエッロの作品《小椅子の聖母》に触れて感銘を受け、帰国後すぐに《都会のダンス》《田舎のダンス》を描く。今月の一枚《ボート遊びの・・・》は印象派としてのルノワール最後の大作であり、彼の心の葛藤がうかがえる傑作でもある。
 
(文責:岡村修二 2018年1月)
 
【今月の1枚】ゴッホ、フィンセント・ファン《アルルのゴッホの部屋》
大塚国際美術館は、2018年3月、開館20周年を記念してオランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホの描いた“花瓶のヒマワリ”全7点を一堂に原寸大の陶板で再現します。
 
7点の“花瓶のヒマワリ”は南仏アルルで描かれました。ゴッホは通称“黄色い家”と呼ばれたアパートを借り、画家仲間ゴーギャンとアルルで共同生活をしました。そのアパートのゴッホが暮らした部屋を描いた作品です。
《アルルのゴッホの部屋》は、アムステルダムのゴッホ美術館、シカゴ美術研究所にもサイズや色合いが少し違う作品があり、3枚描かれました。この作品は、かつては日本の松方コレクションのひとつで、戦後返還されず現在はパリのオルセー美術館にあります。
 
後にゴーギャンとの共同生活は破たんし、ゴッホは、1888年12月、自身の耳たぶをカミソリで切るという事件をおこし、翌年の5月にはこの部屋を去ることになります。ゴッホが“黄色い部屋”で暮らしたのはわずか1年足らずでしたが、テーブルの上には、ゴッホが毎日使った水差しやブラシ、壁に掛けられたタオルやシャンブレーのシャツに麦わら帽子、ベッド側の壁には大好きな浮世絵を2枚飾っていたそうです。眺めているとアルルのゴッホの部屋に招かれたような気持ちになってきます。
 
(文責:浅井智誉子 2017年12月)
 
【今月の1枚】マンテーニャ、アンドレーア《パルナッソス》
 今月は、芸術の秋にぴったりの作品をご紹介いたします。
 
 作品名は「パルナッソス」。
パルナッソスは、ギリシア神話に登場する芸能・芸術の神である太陽神アポロンと文芸を司る女神ムサたちの聖地とされる聖なる山のことで、ここには、神々が集っています。
 
 中央のアーチになった小高い丘の上には、愛と美の女神ヴィーナスと、その恋人、軍神マルスが寄り添っています。その下では、9人のムサたちが、画面左下のアポロンが奏でる竪琴の音色に合わせて輪舞し、右下には、神馬ペガサスを連れた伝達の神メリクリウスが、2匹の蛇が巻き付いた魔法の杖を持ち描かれています。また、マルスの左足元にいるキューピッドは、戦さの武器を製造する鍛冶の神ウルカヌスに吹き矢を向けています。
 
 この作品は、北イタリアの小都市、マントヴァのフランチェスコ・ゴンザーガの妻で、才女で名高いイザベッラ・デステが小書斎の装飾のために描かせたものです。イザベッラ・デステは、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、ルネサンスの才能豊かな画家や詩人を庇護した女性で、多くの人々から尊敬されました。
 
 この絵には、戦争の神マルスも武装を解いたヴィーナスの愛によって癒されるという注文主イザベッラと軍人フランチェスコの夫婦を賛美する意味があり、また、これは戦争よりは平和と文化を栄えさせるマントヴァを意味しているといわれています。
 
 学芸の隆盛を願う気持ちが込められたこの一枚、是非、鑑賞にお越しください。
 
(文責:富浦敦子 2017年11月)
 
【今月の1枚】アルトドルファー、アルブレヒト《アレクサンドロス大王の戦い》
 アレクサンドロス大王は古代マケドニア(ギリシアの一地方)の王として世界史にその名をとどめています。東方に遠征し、エジプトでは壮麗な都アレクサンドリアを建設し、当時強大を誇ったペルシアを突破した大王はついにインドまで達しましたが、道半ばにして病を得て33歳の若さで世を去りました。
 
 《イッソスの戦い》とも呼ばれるこの絵は、大王が紀元前333年にシリアのイッソス河畔で総勢10万にものぼるペルシアの大軍をその三分の一の兵力で撃破した歴史的な戦いの模様を描いています。画面中央上部にかかった銘文にはこうした彼の武勲が示されています。しかし画家アルトドルファーは、この壮大な光景を歴史書と想像力を頼りに描き出したそうです。
 
 銘文から吊るされた重りの先をそのまま垂直に地上までたどって行くと、愛馬にまたがったアレクサンドロスの勇壮な姿に行き当たります。その左で部下とともに馬車に乗って敗走するのはダリウス(ダレイオス)3世です。右上の輝ける太陽は「日の出の勢い」のアレクサンドロス大王を、左上の淡い三日月は落ち目のダリウスないしペルシア軍を暗示しているようです。
 
 画面下半分では密集隊形を組んだ両軍の兵士がせめぎ合っていますが、その徹底した細部描写は驚嘆に値します。大塚国際美術館では原寸大で作品を再現しているため、このような細部の表現も間近で鑑賞できるのが楽しみのひとつです。
(文責:土橋加奈子 2017年10月)
 
【今月の1枚】グリューネヴァルト、マティアス《イーゼンハイムの祭壇画》
ドイツ人画家グリューネヴァルトの大作《イーゼンハイムの祭壇画》をご紹介します。
 
西洋宗教芸術の傑作のひとつとされる本作は、もとはイーゼンハイムの聖アントニウス修道院にありました。同修道院は、中世ヨーロッパで流行した「アントニウスの火」と呼ばれた疫病の施療院として有名で、疫病に悩む人々にとって救済の地でした。この祭壇画は、病の苦痛と死の恐怖から患者の魂を救い、奇跡の治癒を祈願するという切実な目的を持って制作されたもので、体中から血を流して苦悶の表情を浮かべる《キリストの磔刑》に、患者たちは自らの苦しみをなぞらえて耐え忍び、勇気を与えられたと伝えられています。
 
この祭壇画は形状にも大きな特色があります。木彫群像を囲んだ展開式多翼祭壇画と呼ばれる形式で、祭壇自体が小さなゴシック的教会堂のおもむきを持つ高さ8メートルにもなる構造体なのです。かつて、平日は祭壇が閉じた状態で《キリストの磔刑》を見ることができ、日曜日には観音開きの大きな扉が開いて第二面《受胎告知》《キリストの降誕》《キリストの復活》を、さらに特別な日には第三面と木彫を見ることができるようになっていました。一度に全場面を見ることのできなかった祭壇画ですが、現在は解体され、表裏の画面を一堂に眺められる形で現地も展示されています。
 
全十場面の中で、現在当館で開催中のイベント「あやしい絵 名画の怪」(2017年11月30日まで)で “怪画”として取り上げているのが、第三面にある《聖アントニウスの誘惑》です。多くの画家が挑戦したというルネサンス期の人気テーマで、中でもグリューネヴァルトが描いた本作は名作とされています。聖アントニウスに襲い掛かる怪物たちは、目に見えない病魔で、患者が不治の病と闘い、生きる気力を奮い立たせる役割を果たしたのですが、この怪物たち、恐ろしいがどこかユーモラス・・・。こんな怪物たちがすでに16世紀に誕生していたのかと、画家の奇想天外な発想にも驚く一枚です。
(文責:富澤 京子 2017年9月)
 
 
 
【今月の1枚】クラナッハ、ルーカス《回春の泉》
クラナッハは、1472年ドイツの都市、クローナハで生まれました。33歳の時に宮廷画家になりましたが、自立的な企業家でもありました。大きな工房を構えたほか、薬屋、ワイン屋、出版業、貸家業と多角経営で成功し、30年にわたって市の参事会員を務め、市長にも3度選ばれました。
クラナッハは、デューラーやグリューネバルトと同時代の、ドイツ・ルネサンスを代表する画家で、宗教画、神話画、肖像画のほか、ここにみるような風俗画的な主題も手掛けています。
 
クラナッハの作品で人気を集めているのは、少女のように華奢でどこか危うげな、それでいてしばしば妖しい色香のある数々のヴィーナス像ですが、本作もまた別の意味でクラナッハらしさが良く出た作品です。
画面中央では、水泳用のプールのような泉がありますが、泉を中心に、左側から右側へゆっくり目を移して見ていきましょう。
まず画面左には、若返りを願う老人で、ひとりでは歩けず担架に乗せられた者、夫におんぶされた者などが、この目的地(泉)を目指してやってきます。そして、このヴィーナスの立像のある泉に入ると・・・どうしたことでしょう!効果てきめん、あっという間にピチピチの女子に若返り。そう、これは“若返りの泉”なのです。
画面右では、女子たちと宴を楽しむ、これまた若返ったばかりの男たち。ダンスも盛り上がっているようです。ただし、この泉に入っているのはなぜか女性のみ。その理由は、当時のある文献によれば、男が若返るのは若い女性に接するが一番、だとか。またこの作品には、宗教的な意味も含まれているようです。水につかることを、一種の洗礼と考え、それによって若さを取り戻すだけでなく、それまでの罪障も洗い流すというのです。
 
もしも、この絵に見るような“若返りの泉”が現実にあったとしたら、それはもう人気殺到、間違いないでしょう。画家が楽しみながら本作を描いた様子も強く伝ってきます。
 
当館では、8月からのイベント『あやしい絵 名画の怪』が始まります。本作「回春の泉」はじめ、ほかにも怪しい、可笑しい、不思議、不気味な“怪画”をご紹介します。ぜひ、この夏は、大塚国際美術館で怪画鑑賞を楽しんでみませんか?
(文責:松浦 奈津子  2017年8月) 
 
<<大塚国際美術館>> 〒772-0053 徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1 TEL:088-687-3737 FAX:088-687-1117